東京高等裁判所 昭和52年(行ケ)19号 判決
原告の請求の原因及び主張の一ないし三は、当事者間に争いがない。
そこで本件審決に、これを取消すべき違法の点があるかどうかについて考える。
原告は、本件発明では熱間成形銅ベース生成品において、長手方向、半径方向いずれにも微細粒子組織の均質なものが得られており、その均質さは均一冷却の技術思想によつて確保されているところ、引用例にはそのような均一冷却の技術思想は示唆されておらず、また本件発明におけるような均質なものは得られていないのに、審決は両者の右の本質的な相違点を看過して、本件発明は引用例に基づいて容易に発明できたものとしているのであつて、違法であると主張する。
しかしながら、本件明細書(成立について争いのない甲第一号証本件特許公報参照)によれば、本件発明に係る熱間成形銅ベース生成品の粒子構造は、「表面附近に酸化銅の集中偏在のない均質な微細粒子組織を有し、該微細粒子組織はほぼ均質に分散した酸化銅を含有する鋳造組織がそのまま直接熱間圧延されて微細化された粒子構造」(特許請求の範囲の項)であればよく、微細粒子の微細さの程度はどれほどのものであるか、また、均質に分散した酸化銅の均質さの程度がどれほどのものであるかについては、特許請求の範囲に記載されるところがない。従つてその程度は本件発明の構成要件をなしていないものといわなければならない。もつとも、本件明細書添附の図面(写真)には、従来法で得た線材(普通の棹銅を重油炉で加熱し、普通のループ圧延機で熱間成形して得た線材及び普通の棹銅を誘導電気炉で加熱し、普通のLoewy式圧延機で熱間成形して得た線材)と本件発明によつて得られた線材の各縦断面、横断面を撮影した倍率二〇〇倍の顕微鏡写真が示されているが、このことから本件発明に係る生成品の粒子構造が右写真の程度のものであることが本件発明の要件であるといえないことはいうまでもない。
ところで、引用例(成立について争いのない甲第二号証。乙第一号証も同一)に記載されている銅ロツドも、本件発明に係る熱間成形銅ベース生成品の前示のような性状を備えていること、すなわち、連続鋳造機により製造された鋳造銅棒を直接熱間圧延したものであり、その表面附近に酸化銅の集中偏在のない均質な微細粒子組織を有しており、その微細粒子組織はほぼ均質に分散した酸化銅を含有する鋳造組織がそのまま直接熱間圧延されて微細化された粒子構造より成るものであることは、第二五二頁記載の写真及び同頁第三欄第二〇行~第二四行の説明(「添付写真A、B、C―第二図―には異なる鋳造速度と冷却速度の条件の下で得られたタフピツチ銅の鋳造断面が示されている。」―被告提出訳文三の項)、及び右説明に続く「また小さい鋳造断面の特性は、内部割れの危険なしにより有効な冷却作用で固化を速めることによつて、より高度の生産を助長する。」との記載、並びに第二五三頁第一欄第一〇行~第一四行の、「ロツドの連続鋳造と直接圧延とは、もしその表面が完全でなければ有望でない。実際、本法の諸目的の一はどこでもあり得べき皮はぎの実施を省略することにある。」(前出訳文四の項)との記載に徴してうかがうことができ、これを左右するに足りる証拠はない。
原告は、本件発明に係る製品の組織は顕微鏡写真において初めて判断できる組織であり、引用例における写真では本件発明の酸化銅の集中偏在のない均質な微細組織を示唆することはできないと主張するが、引用例の写真が顕微鏡写真でないとしても、そもそも本件発明における酸化銅の均質分散の程度がどれほどのものであるかについては限定がなく、引用例の銅ロツドにおいても皮はぎが省略できるほどその表面に酸化銅が偏在していないものであり、内部割れの危険がないほどほぼ均質に分散した酸化銅を含有する微細粒子組織を有するものと認められることが、前記認定のごとくである以上、引用例は充分、本件発明の、酸化銅の集中偏在のない均質な微細組織を示唆しているということができる。成立について争いのない甲第一四号証(鑑定書と題する書面)には、酸化銅の分布については二〇〇倍ないし一、〇〇〇倍程度の顕微鏡写真によらない引用例のごとき肉眼写真からはその示唆を得られないとする記載があるけれども、これは、引用例の写真及び第二五二頁第三欄第二〇行~第二四行の記載のみを勘案してしたものであるから、採用の限りでない。
次に、原告の主張する均一冷却の点について判断すると、本件明細書の特許請求の範囲には、本件発明の熱間成形銅ベース生成品は鋳造銅棒を均一に冷却することによつて得られるものである旨の記載はなく、従つて均一冷却が本件発明の要素の一つであるということはできないのみならず、引用例においては、本件発明でいう程度に冷却が均一でないとすることもできない。原告は、本件発明でいうところの「均質な微細粒子組織」は、鋳造金属を内外側(長手軸の周り)を均一にかつ急速に冷却することによつて得られるのに対し、引用例は銅ロツドの製造に必要とする程度の冷却装置を用いていないので、酸化銅が均一に分散した組織にはならないという。しかし、引用例のものも鋳造金属を内外側において冷却するものであることはその第二五四頁第二欄第五~第一七行の記載(「その銅リング鋳型の底側面は最小42ポンド/インチの正圧下、水を流すことにより内部冷却されている。そのスチールベルトは時計で二時と六時の位置の間に配置された水噴霧によつて外部から冷却されている。この外側の噴霧系はより大なる冷却効率を与えるべく相当に改善された。」―前出訳文六の項)から明らかであつて、その冷却が本件発明のものと異つているとは認められず、引用例のものは均一冷却を示唆するところがないとする前掲甲第一四号証の内容部分はこれを採用しない。
原告は、また、引用例にはプロペルチの装置(引用例第二五二頁第一図記載のもの)でも銅の連続鋳造が可能である旨の記載があるが、右の記載は正確なものではないと主張する。しかしながら、右の事実を認めしめるに足る証拠はない。
以上のとおりであつて、原告の主張はいずれも理由がなく、本件発明が引用例に記載された発明に基づいて当業者が容易に想到し得たものであるとした審決には違法の点はないから、その取消を求める原告の請求を棄却する。